25 小特集 父親の心理学 を受ける複雑な音声コミュニケー ションを発達させていたり,模倣 をしたりします。多様性はありな がらも一夫一妻の繁殖形態を示 し,オスメスの間に柔軟な絆を形 成します。さらにチンパンジーで は見られないような,自ら他者を 助けるような行動も見られます。 何といっても特徴的なのが,こ の特集のテーマである養育行動で す。先述のように,マーモセット は多産です。年に2回,双子を出 産します。メスは出産後約1週間 で発情・排卵し,うまくいけば妊 娠して,双子に授乳をしながらお 腹の中で次の子を育てるという大 変なことをします。新生児は1頭 30g前後で,2頭合わせると母親 の体重のおよそ20パーセントに もなります。離乳する頃には乳児 2頭でオトナの体重の100パーセ ントにもなります。背負って運ぶ だけでも大変なことは想像に難く ありません。その負担を軽減する チンパンジーの群れは複雄複雌群 で,メスは複数のオスと交尾をす る乱婚型のため,子どもの父親が 誰かはわかりません。そうなると, オスも子どもと遊ぶことはあるよう ですが,特定の子どもに対する積 極的な世話は進化しにくいでしょ う。ゴリラは,一夫多妻で,群れ の中の子どもはみなその群れの トップのオスの子になります。ゴ リラの母親がわが子を一番に守る 中,父親は群れ内の弱い立場の子 の味方をするそうです。またオラ ンウータンは単独性なので,オス は全く子どもに関与しません(こ れらの霊長類を含む動物の子育て に関して,詳しくは,齋藤・平石・ 久世〔近刊〕をご覧ください)。 マーモセットとヒトの関係 今 回 取 り 上 げ る の は, コ モ ン マ ー モ セ ッ ト(Callithrix jacchus)という霊長類です(図 2)。体重300 〜 400gの小さなサ ルです。原産地はブラジルです が,そのサイズや霊長類にしては 多産な特徴から,近年では医学・ 神経科学の分野で実験動物として 注目を集め,日本でも多くの研究 所・研究室で飼育されています。 マーモセットの仲間は,霊長類 とはいえヒトから系統発生的に はずいぶん離れています(図1)。 しかし,ヒトとマーモセットの間 には,共通する特徴がいくつも見 られます。社会的フィードバック ご存知のとおり,私たちヒトは 哺乳類であり,その中の霊長類に 分類されます。哺乳類は,その名 のとおり,母親が赤ん坊に母乳を 与えて育てる動物です。子育てを しない動物もいる中,世話が必須 なので,子育てにエネルギーを投 資する動物といえます(ただし哺 乳類の約9割の種では,父親は子 育てをしません)。霊長類は,その 中でもさらに子どもを少なく産み, 大切に育てる仲間だといえます。 霊長類は群れ生活も特徴の一つで すが,群れを形成する種では,父 親は子どもを含む群れを外敵(同 種のオスや捕食者)から守る,と いう役割が共通して見られます。 しかし,同じ霊長類だからといっ て,当然ながらみな同じような子 育て,父親と子のかかわりが見ら れるわけではありません。ヒトに 最も近い仲間である大型類人猿で も(図1),社会のあり方と父親の 子育てはとても多様です。例えば
時に手を抜くイクメン,
マーモセットのパパ
上智大学総合人間科学部心理学科 准教授齋藤慈子
(さいとう あつこ) Profile─齋藤慈子 2005年,東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。2018年から現 職。理化学研究所脳神経科学研究センター客員研究員。専門は発達心理学,比較認知 科学,進化心理学。著書は『ベーシック発達心理学』(編著,東京大学出版会)など。 図 1 マーモセットとヒトの系統 発生的関係(年代は目安)。テナガ ザルより上は類人猿,オランウー タンより上は大型類人猿(ヒト科) チンパンジー ボノボ ヒト ゴリラ オランウータン テナガザル ニホンザル マーモセット 50 40 30 20 10 0(100 万年) 図 2 双子を背負うマーモセット の父親26 かのように,父親も上のきょうだ い個体も積極的に子育てを行いま す。まさにメス単独での子育てが 大変なために,共同繁殖(母親以 外の個体が子育てに参加する繁殖 様式)を行う,ヒトと共通する特 徴といえます。また,ヒトでよく 見られる,母親や養育者が母乳・ ミルク以外の食べ物を子どもに与 えるという行為は,霊長類含め 哺乳類では稀な行動なのですが, マーモセットの仲間では,母親だ けでなく,父親もきょうだい個体 も,離乳期の乳児に食物を分け与 えることが知られています。この ように,マーモセットは,ヒトと 共通する稀な養育行動の特徴を 持っているため,系統発生的な距 離は遠いけれども,養育行動とそ の背景にあるメカニズム解明のモ デルとして,貴重な動物といえる でしょう(Saito, 2015)。 マーモセットのイクメンぶり 母親単独での子育てが大変な マーモセットでは,父親の役割は 大きなものといえます。そのた めでしょうか,マーモセットのオ スでは,父親としての生理的な 準備や変化が見られます。メスの 妊娠期間中,オスはメスの体重増 加に合わせて自身も体重を増やす だけでなく,性ホルモンの値も変 化させます。さらに,父親になる と,前頭前野でのシナプス形成 や,神経伝達物質の受容体の数が 変化します。こういった生理的な 準備・変化のおかげか,生後すぐ から,もっというと出産の場面か ら,マーモセットのオスは父親的 役割を果たします。オスはメスの 出産に際し,助産師的な働きを し,生後すぐから子どもを背負う 行動が見られるのです。さらに父 親の乳児への敏感性は,わが子に 限定されません。母親同様,子ザ ルの鳴き声には自他の子の区別な く近寄って抱き取ろうとするよう です。先の食物分配行動といい, マーモセットの父親は超イクメン ザルといえるでしょう。 マーモセットの父親は完璧かと いうとそうでもなく,手を抜く こともあります。先述のように, マーモセットのメスは,出産後1 週間程度で発情・排卵をします が,その前後,父親の背負い行動 は減ります。父親は何をしている かというと,発情したメスを追い かけているようなのです。また, 兄姉個体が成長後も群れにとどま る習性のあるマーモセットでは, 子育てを手伝うヘルパーの数が群 れ内に多くなることもあります。 そんな時,授乳しなければならな い母親に比べると,父親の背負い 行動は,ヘルパーの数に依存して 減るといわれています。また,乳 児がいることで夜中の覚醒回数が 母親は増えるけれども,父親は増 えないという報告もあります。ヒ ト同様(個人差,家庭差が大きそ うですが),夜中の乳児の相手は お母さんがすることが多いのかも しれません。 おわりに マーモセットの父親全般の子育 てを紹介してきましたが,マーモ セットは遺伝的に均質な近交系で はありませんので,養育行動を含 めた行動には大きな個体差があり ます。父親でも母親でも,おそら くその時の体調や状況,生育環 境,経験,遺伝的要因などによっ て,乳児への反応性,世話行動に は違いが見られます。こういった 養育行動の違いが,子どもの発達 にどのように影響を与えるのか は,発達研究において非常に重要 なトピックです。行動遺伝学など を除くと,一般的なヒトを対象と した発達研究では,環境要因と遺 伝的要因を切り分けることは容易 ではありません。マーモセット 等の霊長類を対象とした研究で は,倫理的配慮がもちろん必要で すし,安易に結果をヒトに外挿す ることは避けなければなりません が,里子実験などにより環境要因 と遺伝的要因を切り分けることが できるため,上記の重要なトピッ クに大きな貢献をしてくれるので はないかと思います。実際マーモ セット等霊長類を対象として,早 期社会的環境が,その後の認知的 発達やストレス反応にどのような 影響を与えるのかを調べた研究が 蓄積しつつあります(French & Carp, 2016)。 子育ては人間の歴史の中で変遷 するものであり,文化による多様 性も大きく,様々な育児指南がな される中,本当に大切なものは何 なのか,逆に大切でないものは何 なのかを明らかにすることは,育 児をするお父さんお母さんにとっ て必要なことだと思います。ヒト の子どもを育てるのは,言うまで もなく大変なことなので,これら の情報をもとに,マーモセットの 父親のように,手を抜けるところ では抜くのがよいのではと思いま す。マーモセットの養育行動の研 究から,私たちヒトの子育てのヒ ントが得られることを期待してい ます。 文 献
French, J. A. & Carp, S. B.(2016) Early-life social adversity and developmental processes in nonhuman primates. Curr Opin Behav Sci, 7, 40-46.
Saito, A.(2015)The marmoset as a model for the study of primate parental behavior. Neurosci Res, 93, 99-109.
齋藤慈子・平石界・久世濃子(編) 『正解は一つじゃない:子育てする